ブックタイトル日本ねじ研究協会 1979年10月

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概要

日本ねじ研究協会 1979年10月

「ひんせいある。これは稟性高貴なうえに,ご幼少のころかはら学ばれた帝王学に磨きあげられた神韻のこ品格の然らしめるところであろう。さらに敬服すべきことに,殿下は下情に交じられても,周囲の者に少しも違和感を与えられない庶民的な面もお持ちである。滑り出していた。その診車に私は深々と頭をたれ沸々と胸にこみあげる熱い思いを味わいながらお見送りした。矩をこえられぬ殿下その日から4ヵ月たった。殿下のことを思い起たとえば祝賀会のパーティーの席では,「安井こすとき,尊敬の思いはますます募ってくる。のり君も演説がうまくなったね」と,安井参議院議長そして,論語の「心の欲するところに従いて矩のさきほどの祝辞を,半ば冗談まじりに褒めておをこえず」という一節を思いだす。これは有名なられた。市村羽左衛門の舞台上のあいさつ,また「われ+有五にして学に志し,三+にして立ち,中村梅枝の優艶な歌舞伎舞踊を目を細めてご覧に四+にして惑わず,……,七+にして矩をこえなるご様子は,われわれ下々の者と何ら変りはなず」の最後の句で,思うままにふるまって,それかった。日本伝統美の鑑賞者の一人として,悸ことなく喝釆の拍手を送っていられた。るで道をはずさない一の意である。私は殿下に接して,この言葉の真の診手本を見る思いがしていいよいよ殿下のこ退出,ご帰還の時となった。る。折から3時の休憩時間に全社員が会社前庭に整列最後に後日談をひとつ一。六月の末,東京サして殿下をお待ちしていた。ご乗車前の1~2分ミツトの宮中晩餐会に両殿下ご出席の翌朝,私は聞,しつらえた澄立台の上から社員のこ拝閲をお家内と副社長を伴ない宮家へお礼言上に伺った。願いしたのである。澄礼のあいさつだけだから,澄付き事務官か女官殿下は澄立台に立たれ,ふと私を顧みられたとの応待だけにとどまるかもしれないと,心ひそか思ったら,殿下の勘手が延び,私の腕を診つかみになった。そのまま私は強い力で台上に引き上げに覚悟していたが,案げられた。に相違して奥の間に招じ上られ,殿下と並んで立った。社員達の万歳の斉唱両殿下ともに正装で迎えていただき,妃殿下かに,殿下はにこやかに拍手を返していられる。とっさの出来事に私は荘然自失。そしてこれではまるで主客転倒の図を呈しているのではないか,とらは隔てなく「ほんとうに残念でした」との澄言葉があり,両殿下かb・1時間余に及びご懇談いただいた。その間アイスクリームを頂戴した。殿下思った。妃殿下にお成りいただいていれば,ここがまず一匙お口に運ばれ,そのあと"どうぞ"とは妃殿下が澄立ちになる場所である。私は台の下で拍手すべき立場なのだ。ゆうつうむハプニングともいうべきこの出来事は,融通無げカつたつじさい磯,闊達自在な殿下のこ機転の働きというほかはすすめられた。その礼儀正しい優雅さに再び心打たれて,おいしく賞味させていただき,万感の思いのうちに御殿を辞したのである。ない。ただただ畏敬あるのみ……。殿下は本日ご台臨の総仕上げを,桂川全社員の前でいとも気軽に鮮やかに仕上げられたのである。さながら巧まざる名優,名演出家の幕切れを見る思いがして,またしても私は恐催感激……。殿下の診車は社員達の万歳と歓呼の中を静かに日本ねじ研究協会誌10巻10号(1979)一551一