ブックタイトル日本ねじ研究協会 2000年3月

ページ
7/44

このページは 日本ねじ研究協会 2000年3月 の電子ブックに掲載されている7ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

日本ねじ研究協会 2000年3月

r『ICEMあれこれ川井謙一KewaiKen,ichi1999年9月19日から24日までの問,ドイツ翌1996年10月,米国オハイオ州Columbusに《のNtirnbergで開催された6thICTP(塑性加工国際会議)に出席したが,併催されたICEMの6回目の国際ワークショップにも参加した.ICTPは1984年以来,3年毎に開催される塑性加工の国際会議(今回の組織委員長のManfredはOlympicsinMetalFormingと称している)であるが,今回の協賛団体にはWDI,JSTP(日本塑性加工学会)などに混じってICEMの名前もある.ICEMとは,外国からのIO名,日本からの8名を正式メンバーとする小さな組織InternationalCommitteeonEnvironmentandManufacturingである.1993年5月,つくば市で開催された平成5年度塑性加工春季講演会で国際フォーラム「地球環境と塑性加工」という付帯行事を企画し,ドイツ,おける5thICTPの翌日,Aachenにおける決議に基づいてICEMの全体会議とワークショップが開催され,日本からの4件を含む8件の講演発表があった.全体会議では創設メンバーのドイツ,オランダ,日本の研究者以外にも門戸を広げるべきとの意見があり,その意見は受け入れられたが,組織をいたずらに拡大しないという付帯条件も付けられた.Aachen,Columbusともに講演当日,参加者に配付する資料(OHP原紙のコピーでも可)を持参すればよいという形式であったから,参加者のノルマも軽く,筆者にとっては平穏なミーティングであった.例えば,ICEMの年会費は委員長の下での事務経費等にかかる費用を想定し50ドルとしアメリカ,中国からの招待講演を含めて10件の講たが,Columbusでは会場使用料をこの年会費で支夢演発表の後に総合討論を行ったが,この総合討論において,環境問題と塑性加工に関する国際的な研究協力組織の必要性を議論したことがICEMの発端である.2年後の1995年6月にドイツのAachenでEcologyandEconomyinMetalFormingandCutting払い,食事にかかった費用は参加者全員の割り勘(goDutch)とした,しかし,この後事態は変化し,筆者にとっても平穏ではなくなってくるのである.1997年,1998年,1999年と3年続いて国際ワークショップを開催するための予算がついた.開というワークショップが開催され,日本からの7催国以外(国内開催の場合は開催地以外)からの件を含めて12件の講演発表があった.1993年の総合討論における提案を受けてのワークショップであったが,1CEMという組織を設立することを宣言するとともに,3年毎に開催されるICTPにあ招待講演者の旅費と滞在費,レセプション,テクニカルツアーのためのバス借上げ料等が資金的に援助してもらえることになったのである.このことにより,規模が急速に拡大し,97年のオランダわせてICEMの全体会議を開催することを原則との's-Hertogenboschでは20件(日本から8件),98し,ワークショップの開催は随時とすることなどを合意したLその際,筆者を含む1CEMの創設メンバー10名の中にドイツの切削関係の大御所が含まれていたために,その守備範囲をMetalFormingではなく,より広いManufactUringとしたのである.年の奈良では24件(日本から15件),99年のNUrnbergでは26件(日本から16件)の講演発表があった.報告書を作成する必要があるから,フルペーパーを集めてPrcceedingsも作成しなければならない.従って,ICEMに携わる一部のメンバーに著日本ねじ研究協会誌51巻5号(2000)一67一