ブックタイトル日本ねじ研究協会 2000年3月

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概要

日本ねじ研究協会 2000年3月

一(MUnster)の見学も組まれていた.帰路のチェックしてもらったものを再提出してくれる,Feuchtwangenでの夕食の前にもうひとつ文化的要そして,ワークショップの開催時には,Nativeに素を欲張ったために,バスでホテルに戻ったのは午前零時直前であった.翌24日は朝8時半からワL-一・クショップを開催し,最初のセッションでICTPを含めると3日間で4回目のセッション座長を務めた.午後の最後のセチェックしてもらったフルペーパーに基づいて講演しているのである,国際会議,あるいは規模の大小は問わず学術講演会そのものに対する考え方の基本的な相違が明瞭に認められる.Manfredの例を紹介しよう.今回はICTPにおけッションは全体会議であったが,冒頭にReportonる特別セッション(22日)は1年前から予定されtheICEM・-99と題して,ワ・一・一クショップの立案かていたが,ICEMのワークショップは突然の出来↓♪ら開催までの経過報告をさせられた。全体会議では,2000年のワークショップはスロベニアのBledで開催することなどを合議したが,Manfredから筆者へのSmartのミニチュア贈呈で全ての幕をおろしたのである.日本への帰路のFrankfUrt空港での久米原先生とのニアミス(?)については,2月号の久米原先生の随想を参照されたい.97年以来,準備のための日程の関係上,ワークショップ開催時にはAbstract集を配布し,後日報告書の一種としてPrcceedingsを作成しているので,帰国後にProceedings作成のための作業が残っている.Prccccdings自体は機械技研がその印刷を担当するので,筆者はフルペーパーの収集を担当すればよいが,一筋縄では行かない.筆者自身が講演発表する場合のことを考えると,講演発表の申込み時にはAbstractしかできていないが,講演発表するときにはフルペーパーが完成している.筆者の場合は英語の実力がないので,全体構成に基づいたフルペーパーが完成していなければ発表すらできない.実は,ICEMのメンバーには英語のNativeSpeakerがいない.従って,全員が同じ状況にあるはずなのだが,国外からの参加者と企業からの参加者は講演発表時にフルペーパーが完成しており,一方,日本からの参加者は完成していないケースが多い(筆者には理解できない状況である).フィンランドのHUTのAnttiは,フルペーパーを英語のNativeSpeakerにチェックしてもらっているので,ワークショップの開催のかなり前に一旦フルペーパーを仮提出して,事(4月末内示,9月末実施)である.筆者からの突然のCallforPapersに対して,フィンランドからAnttiとSeppo,ギリシアからThanos,ハンガリーからLaszlo,スロベニアからKar1がそれぞれ応じてくれた.ChristianからLFTの同僚が講演発表に参加するとの連絡も入った.そして,Christianの同僚は発表のための論文をまとめてManfredに提出したが,Manfredはそれを却下した。最終プログラムを組む直前にChristianから,同僚の提案をManfredが許可しなかったので取下げたいという電子メールが入ってきた.Christianとともにワークショップを運営する立場ではあるが,「快哉」と感じた.それに比較して,講演会を研究室内の発表と同等なレベルでしか扱っていない日本の研究者が哀れに見えてくる.講演自体はできなかったThanosもフルペーパーを送ってくれたが,日本からの参加者には,相手の機嫌を損なわないように時々催促しなければ原稿が集まらない.しかし,どうにか年度内にはProceedingSが完成するとの連絡が機械技研から入った.Ljubljana大学のKarlの秘書のJasmから電子メールが飛び込んできた.スロベニアのBledで開催予定のICEM-2000のホテル予約のために,日本からの出席予定者の人数を調査して欲しいとのこと.今回は全員が自費参加のワークショップとなるが,どうやらKarlは筆者のコーディネートを期待しているようであり,もう次のサイクルに巻き込まれたようである.(横浜国立大学)日本ねじ研究協会誌51巻3号(2000)一69一